北朝鮮のモールス諜報無線動向 北朝鮮による諜報無線はA−3乱数放送が有名だが、モールスによるもの(A− 1、A−2)の方が実は、規模が大きい。警察庁警備局長を務めた佐々淳行著 『謎の独裁者・金正日』(文春文庫)には、同氏が1960年代初め、北朝鮮と の間でモールスによる無線交信を深夜行っていた工作員組織を突き止める様子が 描かれている。それによると、当時使われていた周波数帯は4200−8300 kHz。大阪府警管内から発信された3つの系統について、同氏は「308系」 「411系」「515系」と名付けている。周波数、系統名とも現在と似通って いるのは興味深い。 1970−1980年代のモールス諜報無線 1975年の受信記録によると、4374kHzで2220−2310の間の 不定期に、朝鮮語の歌で始まるA−1モールス諜報無線が受信されている。コー ルサインはなかった。同様な放送が以前、4700kHzで出ていたとある。1 980年代初めには、北朝鮮のモールス諜報無線は3系統あった。第1の系統は 4700kHzを使い、「赤旗の歌」「遊撃隊行進曲」「花を売る女」の3つの 曲で開始した。その後、A−1ないしA−2のモールスとなった。「SBL D E MZC」「VDG DE WFT」などのコールサインが使われた。電文は 5桁。0100、0130、0200、0235、0420などに受信された。 送信パターンは次の通りであった。 VVV $$$ $$$ $$$ DE $$$ $$$ QTC $$ (以上2回) VVV $$$ $$$ $$$ DE $$$ $$$ $$$ QTC (以上2回) W##(組数) W## = テキスト RPT RPT W## W## = テキスト(繰り返し) K 第2の系統は、「百戦百勝の朝鮮労働党」「遊撃隊行進曲」「決戦の道へ」 「総動員歌」などが2―4曲流された後、A−1ないしA−2のモールスとなっ た。4500kHzは「RJ3 DE HL3」「M5K DE G3R」、4 600kHzは「KR5 DE BJ2」「KZ5B」、5200kHzは「A S9 DE WK5」「GW9 DE KS1」「RUH5」、5500kHz は「CJ6 DE BX1」「R6C6」、5600kHzは「KMC DE GPW」、5700kHzは「2FO DE 8SA」、8400kHzは「A BC DE XYZ」というコールサインが使われた。1981年11月5日か らは開始音楽は使われなくなった。0500−0800、1400−1700、 1800−0300の間に受信された。 送信パターンは次の通りであった。 VVV $$$ $$$ $$$ DE $$$ $$$ QTC (以上3回) NR### W##(組数) (以上2回) BT テキスト RPT NR### W## BT テキスト(繰り返し) K 第3の系統は主にA−2を使用し、CQの後に数字が続くもので、周波数は46 00、5535、5655、6730kHzなど。 基幹的な周波数4700kHz 現在のモールス諜報無線は、4700kHzを使ったA−1モールスとCQ3数 字からなる第3の系統が残っている。4700kHzは北朝鮮の諜報無線で基幹 的な周波数である。少なくとも、30年前から使われており、1980年代半ば まで、「決戦の道へ」で始まるA−3の系統と「総動員歌」で始まるA−3の系 統にも使われていた。1973年から1986年にかけて現れ、日本海の気象情 報を流していた「朝鮮東海海洋放送」もこの周波数を使用していた。いわゆる 「日本人拉致事件」が起きたのは1970年代後半から1980年代前半にかけ てであり、時期的に重なっている。同放送も諜報機関と何らかの関連があった可 能性がある。 4700kHzのA−1モールスでは現在、開始時には音楽は流されない。17 00から早朝までの間の、正時に不定期に出現する。 送信パターンは次の通りである。 VVV JVG JVG JVG DE BML BML BML QSA# QSA? QTC### (以上4回) VVV JVG DE BML QSA# QSA? (以上1回) QTC### QTC NR### ## ##(組数) ####(月日) ####(時間) ### ### BT テキスト (以上2回) K K JVGの代わりにJVLなどと出ることもある。QTCとNRの後の数字は同一 である。5桁の電文で、1回の送信は、通常5分前後。送信は手動とみられる。 テキストがない場合は、QRUを打つ。 最近の受信記録は次の通り。 1999年 3月 5日0200、14日0200、15日0000、0100、20日2300、21日0000、31日0200 4月 3日0000、7日0200、9日0500、11日0000、19日0000、0200、 29日0000、0100、0200、30日 1800、1900、2000、2100 5月 2日2100、2200、11日2000、2300、16日2300、17日0000、 22日2100、2300、23日0100、25日2100、29日1800、1900、30日1800、1900 6月 1日0200、2日1800、2000、2100、17日0100、21日1900、27日2100、2300、 29日0300 7月 1日0000、11日0200、12日2300、21日0000、0100、25日0200、0300、 29日0000、0100、30日0100、0200 8月 2日0000、3日0000、0200、4日0000、15日1800、17日2000、 22日2100、2200、2300、28日0600 9月 1日0000、0500、2日0000、0500、3日0000、4日0000、 5日0200、 19日1800、2000、23日2100、2200、2300、24日2100、2300、26日2300、 30日2100、2200、2300 10月 3日0200、4日0100、5日0000、0200、6日0000、17日1800、2000、 20日1800、24日2100、2200、2300、25日2100、2200、2300、 26日2100、2200、2300、27日2100、2200、2300、31日0000、0200 11月 1日0000、0200、2日0000、3日0000、0200、22日2100、2200、2300、 23日2300 12月 18日1900 2000年 1月 1日0200、2日0000、0200、0300、3日0200、23日1900、31日2200、2300 2月 1日0000、12日2200、29日1700、1800 3月 5日0200、12日1800 CQ系は世界各地を対象か 北朝鮮の諜報無線の中で、最も活動が活発なのはA−2を主に使うモールスで ある。CQの後に3桁の数字、ドットが続き、そのあと3桁の数字となる。(た だし、CQ303、CQ707、CQ909は4桁)。送信開始の約15分前か らキャリアが出現する。時々、VVVを打つ。 CQ515系とCQ747系の モードだけは何故かA―1である。 送信パターンは次の通り。 VVV CQ###.¥¥¥(約5分間繰り返す) CQ¥¥¥ CQ¥¥¥ CQ¥¥¥ HR HR ## ##(組数) == テキスト AR AR RPT CQ¥¥¥ CQ¥¥¥ CQ¥¥¥ HR HR ## ## == テキスト(繰り返し) AR AR SK SK テキストが2本ある場合は、CQ###.¥¥¥.$$$となる。数字の0は略符 号(T)で送信される。通信速度は1分間に80文字程度。自動送出とみられる が、たまに手動送信のこともある。、30分後に別の周波数で同じ電文が再送さ れる。翌日の同時刻に同じ電文が繰り返される。 A−3系、4700kHzのモールスは使用する周波数が一年中、固定されてい るのに対し、CQ系は季節ごとの電波の伝播状況の変化に対応するため、3月、 5月、9月、11月に周波数を変える。タイムテーブルは表Aの通り。周波数と 時間からみて、世界各地を送信対象にしている。CQ747は北米、欧州で受信 されている。英国に本部がある民間のスパイ電波監視組織ENIGMAはCQ系 にM40(M53)というコードをつけている。 この系統には、CQ113、CQ466のように、一年中コールサインが変わら ないものと、5535kHzを使うCQ432、CQ863、CQ974のよう に季節ごとにコールサインも変わるものとがある。 CQ系には一定の出現パターンがあるものが多い。(表B) 1500/1530 のCQ466は、火曜から木曜に出現し、翌日の再送はない。 金賢姫のコールサイン 1980年に埼玉県警に摘発された工作員の場合、CQ900というコールサイ ンを受信していた。1980年1月27日午前零時からの送信は、CQ900が 連続20回流れ、工作員個人のコールサイン「200」が10回流れた。CQ9 00というのは関東地方を示すブロック別のコールサインだったとされる。 1999年5月6日午前8時に8110kHzで傍受されたA−2電文の呼び 出し符号はCQ616.914であった。これはかつて金賢姫元工作員に割り当 てられたコールサインのひとつである。「毎月十日、十一日の午前零時と二十 五、二十六日の午前零時に8050、10300、16100キロヘルツに周波 数を合わせ、朝鮮中央放送を聴取することを決めてあった。呼び出し符号は、共 同呼び出し符号がCQ616で、個人呼び出し符号が083、914、493、 490など四つになっていて、順次使用するという約束だった」(『いま、女と して』より) 毎月5日、6日の0100/0130に出現するCQ466の過去1年間の個別 コールサインは次のようであった。 呼び出し符号 組数 1999年 4月 155 24 5月 017 42 6月 455 28 7月 286 33 8月 629 24 9月 016 31 10月 865 44 11月 271 42 12月 532 33 2000年 1月 155 22 2月 017 45 3月 455 44 この工作員の場合、少なくとも9つの個別呼び出し符号が与えられていることが わかる。 『いま、女として』によると、労働党の秘密工作員に選ばれた金賢姫は198 5年7月から1987年1月にかけて、中国の広州とマカオに語学実習に行くこ とになった。その際、本部の指令を直接受けることができるよう、A−2受信テ ープで高速度の受信能力を習得する通信訓練を受けた。 彼女は工作員養成所である金星政治軍事大学(金正日政治軍事大学の前身)を 出た後の1983年3月から1984年7月にかけても、モールス受信の訓練を 受けている。「毎日午後三時、夜九時、午前零時という決められた時間に、指定 された周波数に合わせでラジオを聞き、モールス符号の受信能力を養った。教育 の結果、一分間にモールス信号二十組を受信する能力が身についた」(同) 彼女の場合、暗号および解読方法は、科学技術の小型パンフレット(日本語版) と暗号表を利用していた。埼玉県警に摘発された工作員の場合も、乱数表は用い ず、新潮文庫版『金環触』を使用していた。韓国で1985年に逮捕された辛光 洗元工作員は、呼び出し符号503、505、952号を持ち、5535kHz でA−2指令を受信していた。彼の場合も、乱数表の代わりに新潮文庫版『坑 夫』などを使用していた。辛元工作員は、1980年に起きた大阪の中華料理店 店員の拉致事件に関与しているとされている。 「05 05」を連打する不審電波局 ほぼ毎日、夕方になると4MHzから6MHzにかけて謎の信号「----- キキキキ キ」(05 05)を連打するモールス局が出現する。乱数で交信している場合 もある。周波数は一定していないが、その多くが北朝鮮がモールス諜報無線で使 用してきたものと一致する。また、音質も北朝鮮のものと似ていることから、北 朝鮮の諜報活動との関連が推測される。 1999年11月14日午後6時頃に6565KHzで受信された局の電文の一 部は次の通り。 BT D7D7 6765/T3T J7D5T3 0550 BT 67D7 6765/T3A 572DT3 0550 BT A7AA/TU3 J7DNTNT 3NTNT/09000T? VVV XZR9 K R QSA? R QSA2 R NIL SK GB VVV F7P6 K R QSA? QSA 2R OK NIL SK GB 同局は以下の周波数などで受信されている(kHz)。 3763、4500、4660、4700、4770、4820、4910、5020、5055、5100、5125、 5150、5190、5210、5280、5400、5410、5425、5430、5455、5465、5470、 5475、5490、5500、5535、5550、5560、5570、5575、5580、5620、5630、 5635、5640、5650、5660、5665、5675、5700、5750、5780、5810、6500、 8850 CQ系は対外情報調査部か 北朝鮮の諜報無線がこのように、いくつかの系統に分かれているのは指令系統 が異なるためとみられる。労働党中央委所属の諜報組織は現在、対外情報調査 部、対外連絡部(旧社会文化部)、作戦部、統一戦線部からなっている。対外情 報調査部は海外の政治、経済、社会情勢の情報収集、工作が任務で、外国にも 「招待所」を設置している。現在は35号室と名称を変えているという情報もあ る。対外連絡部は工作員を養成し、韓国、日本に潜入させることを任務にしてい る。作戦部は工作員の基本教育、工作員の移送。作戦部は東海岸の清津、元山、 西海岸の南浦、海州に工作船の連絡所を持つ。作戦部に属し、後に韓国に亡命し た安明進氏によると、連絡所で使用しているすべての乱数表と暗号解読法は、一 括して作戦部所属の414連絡所が製作している。同連絡所は平壌のほか北朝鮮 全域に分所を置き、韓国や日本など世界各地から発信されてくる電波を分析し、 工作員と交信連絡している。統一戦線部は韓国に対する心理戦、統一戦線工作。 対南地下放送の「救国の声」を運営している韓国民族民主戦線は同部の管轄にあ る。このほか、軍の諜報機関として人民武力省総参謀本部直轄の偵察局がある。 A−2のCQ系を受信していた金賢姫、辛光洗両元工作員は対外情報調査部第 に属していたことから、CQ系は対外情報調査部が運営しているとみられる。 (注:本稿は当研究会の一研究員の見解であり、当会の見解を代表するものでは ありません) CQ系タイムテーブル(表A) (再送) CQ113 0100/2300JST 0130/2330JST 5150kHz 6280kHz (冬) 5590 6630 (春、秋) 5810 8210 (夏) CQ466 0000/0100JST 0030/0130JST 4660kHz 5650kHz (冬) 5150 5810 (春、秋) 5650 6870 (夏) 1500JST 1530JST 5590kHz 6680kHz (冬) 5690 8110 (春、秋) 8620 (夏) 0000/2300JST 0030/2330JST CQ432 5535kHz 4600kHz (冬) CQ974 5535 6750 (春、秋) CQ863 5535 7400 (夏) 0130JST CQ303 3360/4190kHz (冬) CQ707 4670/5200 (春、秋) CQ909 5670/6425 (夏) CQ295 0130JST 5210kHz CQ211 0200JST 0230JST 4810kHz 5590kHz (冬) CQ735 0100JST 0130JST 5190kHz 5900kHz (夏) CQ515 0200JST 0230JST 12300kHz 16100kHz (夏、秋) 8860 12300 (冬、春) CQ616 0800JST 0830JST 8110kHz 8880kHz (夏、秋) 6845 8850 (冬) CQ747 0500/0600/0700/1700/1800/1900JST 10620kHz (夏、秋) 0530/0630/0730/1730/1830/1930JST 12948kHz (夏、秋) 0500/0600/0700/1700/1800/1900JST 8260kHz (冬、春) 0530/0630/0730/1730/1830/1930JST 10620kHz (冬、春) (注 春=3月―4月、夏=5月―8月、秋=9月―10月、冬=11月―2月) CQ系月間タイムテーブル(表B) 1日 0500:CQ747 2300:CQ113 2日 0500:CQ747(R) 2300:CQ113(R) 3日 0100:CQ113 0500:CQ747 1700:CQ747 4日 0100:CQ113(R) 0500:CQ747(R) 1700:CQ747(R) 5日 0100:CQ113/CQ466 0800:CQ616 2300:CQ113 6日 0100:CQ113/CQ466(R) 0800:CQ616(R) 2300:CQ113(R) 7日 0200:CQ515 8日 0200:CQ515(R) 9日 10日 11日 12日 0000:CQ466 1900:CQ747 13日 0000:CQ466(R) 1900:CQ747(R) 14日 15日 0200:CQ211 16日 0200:CQ211(R) 1900:CQ747 17日 0000:CQ466 1900:CQ747(R) 18日 0000:CQ466(R) 1900:CQ747 19日 0130:CQ#0# 1900:CQ747(R) 20日 0100:CQ113 0130:CQ0#0(R) 0200:CQ515 0800:CQ616 21日 0100:CQ113(R) 0200:CQ515(R) 0800:CQ616(R) 22日 0200:CQ515 23日 0200:CQ515(R) 24日 25日 0200:CQ515 26日 0200:CQ515(R) 27日 0000:CQ466 1900:CQ747 0130:CQ0#0 1900:CQ747 28日 0000:CQ466(R) 0130:CQ0#0(R) 1900:CQ747(R) 29日 30日 31日 (Rは再送を示す) CQ系周波数リスト(表C) kHz コールサイン 3600 CQ627 3660 CQ303 4100 CQ550 4170 4180 4190 CQ303 4460 4495 CQ88 4600 CQ432 CQ989 4650 CQ01 4660 CQ466 4670 CQ707 4700 4810 CQ211 5100 CQ550 5150 CQ113 CQ466 5190 CQ735 5200 CQ707 5210 CQ295 5365 5535 CQ432 CQ863 CQ974 CQ706 5580 CQ000 5590 CQ113 CQ466 CQ211 5600 5650 CQ466 5655 CQ370 5670 CQ909 5690 CQ466 5745 CQ550 5750 CQ613 5810 CQ113 CQ466 5900 CQ735 6280 CQ113 6425 CQ909 6430 6450 6565 CQ773 6630 CQ113 6680 CQ466 6730 6750 CQ974 6820 CQ747 6840 6845 CQ616 6850 CQ515 6870 CQ466 6900 CQ429 7400 CQ863 7600 CQ600 7650 7710 8100 CQ428 8110 CQ466 CQ616 8120 CQ515 8150 8200 8210 CQ113 8230 CQ747 8235 CQ747 8260 CQ747 8620 CQ466 8755 CQ747 8825 CQ542 8850 CQ616 8860 CQ515 8880 CQ616 9200 CQ627 9400 9830 9950 10110 CQ838 10240 CQ515 10260 10300 CQ125 CQ515 10420 CQ747 10620 CQ747 10995 CQ515 12160 CQ515 12300 CQ515 12420 CQ516 12800 CQ600 12950 CQ747 13000 CQ931 13255 CQ516 13850 CQ260 16100 CQ515 18310 CQ542 19300 CQ542