北朝鮮乱数放送比較研究

 2016年6月24日から再開された平壌放送を通じての北朝鮮からの乱数放送(暗号放送)。本来は工作員に向けた工作活動のための放送だが、再開後の放送形態は、2000年までの放送とは大きく異なる。2017年2月に金正男氏が殺害されたときの指令に利用されたとか、5月のミサイル発射も予告されていたなどと言う報道もあったが、果たしてそうなのか。北朝鮮乱数放送の今と昔を比較した研究報告を2017年8月の第39回近隣諸国放送研究フォーラムで行った。


■はじめに
 2000年12月8日をもって廃止された北朝鮮の音声による乱数放送(A-3放送)が2016年6月24日から再開された。韓国や日本に向けた対南、対日工作のための暗号放送と言われた北朝鮮乱数放送について、2000年までの放送と、2016年の再開後の放送について、いろいろな面から比較してみることにする。

■2000年以前の乱数放送
 2000年以前の乱数放送は、大きく3つに分けられた。それは、対南、対日放送である平壌放送を通じてのもの、乱数放送専用周波数の4770kHzと5868VkHzを用いての放送、そして1980年代に廃止された乱数放送専用周波数の4700kHzを用いての放送である。
 このうち、平壌放送を通じての乱数放送は、平壌放送の周波数を二分して、「赤旗の歌」系統と「遊撃隊行進曲」系統に分かれていた。「赤旗の歌」系統はほぼ毎日のように放送され、原則として翌日に電文が再放送されたため受信の機会も多く、一般の中波リスナーにも存在は知られていた。放送頻度が高く、韓国や日本に派遣された工作員、固定間諜向けの実用的な指令を含んだ放送ではないかと思われる。これに対し、「遊撃隊行進曲」系統は、電文が放送される日が決まっており、さらに電文以外に手紙を偽装した平文も放送されていたため、固定間諜や協力者のような定住者向けの定時連絡的な放送だったと推測される。

 特に「赤旗の歌」系統は2000年6月の南北首脳会談以降、放送頻度がいち早く低くなり8月25日を持って廃止されたのに対し、「遊撃隊行進曲」系統は最も遅い12月8日まで残ったことから、放送から電子メールへの移行にあたり、パソコンやインターネット環境の整備、使用者の研修に時間を要したとも推測される。
 乱数放送専用周波数の4770kHzと5868VkHzを用いての放送は、朝鮮中央放送や平壌放送等と同じ「金日成将軍の歌」のインターバルシグナルと、「金日成元帥に捧げる歌」を開始音楽としていた。この系統も放送頻度が高く、乱数放送専用の周波数ではあったが、送信所は少なくとも海外向け放送と共用していたことが、音声の混入によって判明している。この放送で流れる電文も原則として翌日に再放送された他、音楽や朗読も放送されていた。
 一方、1980年代に廃止された乱数放送専用周波数の4700kHzを用いての放送は、4770kHzと5868VkHzに比べて音質も悪く、通常の「放送」とは違った性質のものであったと考えられる。特に、電文の再放送も必ずしも行われるのではなく、一発指令的な面もあった。さらに、同じ周波数を用いて、やはり1980年代まで朝鮮東海海洋気象放送という東海(日本海)に面した各地(雄基、清津、金策、新浦、咸興、元山、江陵、浦項、釜山、鬱陵島)の気象を放送する新浦にある放送局が存在したが、これが日本海を行き来する工作船のための気象放送であった可能性が強く、それを考えると、4700kHzの乱数放送は、工作船で行き交う、いわゆる日本人拉致の実行犯や、日本に浸透する工作員向けだったとも考えられる。

■2016年再開後の乱数放送
 2016年6月24日から再開された乱数放送は、平壌放送の中で放送されているが、後述するように「電文」ではなく、「○○号探査隊員達のための遠隔教育大学の(科目名)復習課題」の問題と称して暗号を放送している。2000年以前は平壌放送の番組に割り込むような形での乱数放送だったが、再開後の放送は平壌放送の番組の中に編成されているような感じでの放送になっている。放送頻度は別表の通りで、一部例外もあるが、1ヶ月に4回の出現で、再放送は2週間後というようなパターンになっている。そのため、暗号そのものが意味のある内容なのかは不明で、偽装工作、あるいは攪乱のための放送だと言わざるを得ない。
 一部において、この放送が金正男氏の殺害の指令や、ミサイル発射の予告をしたなどと報道されたが、平壌放送は韓国や日本に向けたものであってマレーシアは関係ないし、金正男氏の殺害に関与したのはマレーシア駐在の北朝鮮大使館員や高麗航空の職員であって、所在不明の工作員ではないし、2月13日の殺害直前に放送されたものは殺害後に再放送されているので、何ら関係ないと思われる。また、5月14日のミサイル発射予告の報道についても発射後に再放送されている。第一、ミサイルは北朝鮮から発射されているものであって工作活動には関係がないし、仮に危険海域を航行する漁船等に危険指示を出すのであれば、日本の気象通報が自衛隊訓練の予告をするように、通常の放送の中で出すと思われる。

■電文の伝え方
 2000年以前の放送では、概ね次のような形式で放送されていた。
 「445호전문을 보내드리겠습니다. 445호전문을 보내드리겠습니다. 445호전문을 보내드리겠습니다. 조수 22조. 조수 22조. 본문 부르겠습니다. 879 93, 378 87, 589 06……823 69. 다시 한번 불러드리겠습니다. 445호전문을 보내드리겠습니다. 445호전문을 보내드리겠습니다. 조수 22조. 조수 22조. 본문 부르겠습니다. 87993, 37887, 58906……82369. 이상입니다.」
 このように電文名称、組数を予告した後、5桁の電文を3桁と2桁に区切って読み上げ、2回目は5桁を通して読んでいた。
 これに対し、再開後の乱数放送はあくまでも遠隔教育大学の復習課題であるため、電文という言葉は用いず、「問題」と称している。
 「지금부터 21호 탐사대원들을 위한 원격교육대학 기계공학 복습과제를 알려드리겠습니다. 문제를 부르겠습니다. 602페지 69번, 133페지 79번, 416페지 28번......388페지 8번입니다. 다시 부르겠습니다. 602페지 69번, 133페지 79번, 416페지 28번.....388페지 8번입니다. 이상입니다.」
このように「問題」と言いながら、実際にはページと番号をよみあげているだけだが、最大で999ページとなり、これがもし本当に問題集ならば、ほぼJRの大型時刻表のような分厚いものとなる。
 読み上げの速度は、再開後の方が以前よりも速く感じられる。特に、以前は1回目の3桁と2桁に分けて読む場合、組と組の間は1.6秒ほど空け、繰り返しの2回目は一度書き取ったものを確認する意味合いからか、間隔は0.6秒ほどになっている。それに対して再開後は1回目から0.6秒~1.0秒と速く、仮に指令であったとすれば、珠算の読み上げ算のようにかなり集中して聞かねばならず、さらに組数の予告もないので、工作員とは言え、あてもなく数字を書き取る苦痛を強いられることになる。
 尚、1980年代まで放送されていた4700kHzでの乱数放送で、「総動員歌」で始まる系統の中で、電文を1桁ずつ読み上げる電文も存在した。しかし、ネイティブにとっては何ら問題のない数字の書き取り作業に、あえて1桁ずつ読み上げていたということは、ネイティブではない対象者であった可能性が高い。3桁+2桁、あるいは5桁の数字を書き取るテンポに比べ、1桁ずつ聞き取って書き写すほどしち面倒くさい作業はない。

■おわりに
 2000年以前の乱数放送は、その形態などから、極めて有用性のあるものであった。しかし、2016年の再開後の放送は、再放送のパターン、電文の伝え方などにおいて、本当に意味のあるものかどうか疑わざるを得ないものとなっている。


この文章は、「第39回近隣諸国放送研究フォーラム講演予稿集」(アジア放送研究会)の一部を掲載したものです。
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